スタッフブログ

未分類

人の求め続けるもの。

住宅内を過ごしやすく空調するのは、常識。外にでても、会社や学校はもちろん、公共交通機関や乗りもの全てに至るまで快適に保たれているのは、半ば当たり前になっています。

日々の生活を営むうえで「我慢する」なんて選択肢は、いつのまにか日常の生活から消え果ててしまったような気がします。暑さ寒さに至っては、我慢しなきゃならないのは屋外にいる時くらいでしょうか。

a0027_001891_m.jpg

南の島のリゾートには、離れ小島にコテージを作り、それこそ電気もないような生活をさせるところがあります。国内には、電気のない温泉旅館もあるみたいです。

また、新聞配達がないからコンビニまで買いに行くのが、別荘暮らしのステイタスとか。

これらが意味するのは、現代住宅のあらゆる便利さから「さよなら」した非日常の世界。結局のトコロ、お金を払ってまで人が求めるのは、究極の自然体?

自然の中だけでは実現できなかった便利を求めて日々進歩し、それが満たされればさらに次に、そして行き着くところ自然な不便さを求める?何とも不思議で、そして贅沢な話です。

一体、人の欲求はどこへ向かおうとしているのでしょうか。 ただ確実に言えることといえば、環境的・エネルギー問題的にみて、今まで通り「我慢」を潰していくだけの変化は、この先あり得ない事。進化の果てに、エネルギーを使って不便を求めるなんて、本末転倒もいいところです。

普通に使えたライフラインが、ある日突然「使えなくなる」のは、先日の震災で嫌というほど見てきました。我慢しない事に慣れた人ほど、ショックは大きかったのではないでしょうか。

備えとは言わないまでも「我慢する」を少しづつでも増やし、ぬるま湯のような生活に慣れきったカラダを少しずつでも修正していくことが、日本の未来の為に大きな一歩になると思います。

Page Top